ブラック・スワン

公式サイト: http://movies2.foxjapan.com/blackswan/

感想。
怖いって!
作品の雰囲気に似つかわしくない第一声ですみません。
でもホント、想像以上に怖かった。

ニューヨークのバレエ・カンパニーに所属するニナ(ナタリー・ポートマン)は、元ダンサーの母親・エリカ
(バーバラ・ハーシー)の寵愛のもと、人生の全てをバレエに捧げていた。そんな彼女に新作「白鳥の湖」の
プリマを演じるチャンスが訪れる。
だが純真な白鳥の女王だけでなく、邪悪で官能的な黒鳥も演じねばならないこの難役は、優等生タイプの
ニナにとってハードルの高すぎる挑戦であった。さらに黒鳥役が似合う奔放な新人ダンサー、リリー
(ミラ・クニス)の出現も、ニナを精神的に追いつめていく。
やがて役作りに没頭するあまり極度の混乱に陥ったニナは、現実と悪夢の狭間をさまよい、自らの心の闇に
囚われていくのだった……。

(作品紹介サイトより)

あらすじから「人間の心の闇に迫る」的な怖さは予測しており、それなりに
心の準備をして臨んだつもりでしたが、思いのほか視覚的に怖い描写・痛い
シーンも結構あって、冗談抜きで何度かイスから飛びあがりそうになりました。
(そして実際に、どこかの席からガタッという音が聞こえていた。笑)

そのあたりの描写も、メタファーと現実の交錯なので、確かにあくまで
サイコホラーの領域なんですけども。

とはいえ単に脅かされて終わったということではなくて、非常に引き込まれて
眼が離せず、それがゆえの怖さを味あわせて頂きました。
見ごたえありました。バレエシーンも美しい。

以下、具体的なネタバレを含む感想。

紹介記事等でも、ヒロインのニナは「大役の重圧、自身と対象的な役柄を演じる
困難、そしてライバルの登場によって追い詰められていく」という表現がされて
いましたが、個人的に印象的だったのは、ニナを追い込むもう一つの要素、
支配的な母親との確執。
彼女が「黒鳥」になれない理由も、結局はこの母親との関係に潜んでいました。

「妊娠・出産・子育てのためにバレリーナの道を断った」と、しばしば口にする母、
エリカに、「単に年齢もキャリアも限界だったんじゃないの?」と言い返しかけて
口をつぐむ(母親の反応を見て話をそらす)ニナ。
この場面のエリカのような女性は、少なくないように思います。

娘に自分を投影し執着する一方で、実際にニナが成功と同時に自己の解放・自立へ向か
おうとすると、今度は「あなたが心配だから」という言葉をもって、その行く手を阻もう
とする。

一見矛盾した行為ですが、実際これは、ある種の母親において非常にリアルな「負の本能」
ともいえるもの。
「自分の分身」ではなく「自分とは別個の人格、別の女性」として、自分よりも高みへ
上ろうとする娘に感じる脅威。

…ただ、実際にこの時点でニナはかなり「心配」な状態になっているので、この時の
エリカを単なる心配性と見るか、いわゆる毒親と見るかは人それぞれかと思います。

公演初日に部屋から出すまいとされたニナは、最終的に母親を振り切って家を飛び出します。
「私は行くわ。ママは群舞のダンサーで終わった、でも私はスワンクイーンになるの!」

作品の中盤では飲み込んでいた言葉を母にぶつけ、制止を聞かずに舞台へと向かう彼女の
背中には、母娘関係の一つの変化・決着と、ニナの前進が感じられて、個人的にはこの作品に
おいて僅かな爽快さをおぼえるシーンだったのですが。
結局は母親の影響を脱しきれなかった、あるいは無理に脱したことでの反動で、最終的には
あの結末だったのでしょうか。
このあたりの解釈も、おそらく観る人によっていくつにも分かれそうです。

演出家の男性トマは、もちろん作品全体のキーとなる存在ではあるものの、突き詰めれば
すべて、ニナと周囲の女性との確執がテーマになっていますね。
元プリマのベス、ライバルのリリー、そして母親。
全員がニナの幻影の中にも出現し、時に相手と自分の境目すらわからなくさせている。
非現実ながら、角度を変えれば生々しくリアル。

以下、その他雑感。

●あらすじと予告とキャラクター像から、きっと演出家のトマが力関係をカサにニナに
 迫って、ヒロインは抗えずに弄ばれるというお約束な展開を見越していたのですが、
 トマに関してはニナの片想いに終始しましたね。
 意外と仕事熱だったのか、それとも結局最後まで彼女に惹かれなかったのか。
 (黒鳥を踊った後なら変化があったかもしれないけれど)
 しかし、あんな扱いを受けておいて、トマのどこが良かったんだい、ニナ。

●リリーについては、最後までわからない面が多かったです。
 落ち込むライバルを励ます体裁で声をかけ、飲みに誘う⇒寝坊・遅刻によって自分が
 代役の座をゲットなんて、このての女社会でリアルにありそうで怖いなあと思った
 のですが。
 意外と根っから善意の人(少し思慮が浅いだけ)だったのか、それとも実際
 いろいろ企んで動いていたのか。
 「そもそも実在していたのか」なんて議論も存在するようですが。
 自分でライバルと感じた存在を過剰に意識して、逆に執着すらおぼえてしまうというのも
 人間の業ですね。女性特有というわけでもないかな、これは。 

●クライマックスの、「黒鳥」完成のシーン。
 「なんで物理的に鳥化しとんねん」というツッコミが世界各地で寄せられたという話も
 聞いた気がっしますが(笑)、幻想と現実が交錯するこの作品世界には既に慣れて
 いたし、音楽の盛り上がりも相まって「ニナの変貌」として比較的違和感なく受け止められ
 ました。
 ただ、あえて言うならば。
 この映画の前に「X-MEN」の予告編さえ入っていなければ、もっと雑念なく入り込めた気がします。
 こればっかりはどうしようもないだろうけどさ…。
 連想しちゃうじゃないですか。皮膚が徐々にプツプツ変質して、羽根が生え始めたりなんかしたら。
 ミュータント「ブラックスワン」誕生編。 …すみません。


[おすすめできない方]
・「で、結局どうなったの?」と訊きたくなる人
・リアリティが気になる人
・バレエを扱う作品の考証にこだわりがある人
・暗い話が苦手な人(←そもそも見ようと思わないだろうけど)
・血とかそういうの見たくない人

[おすすめできる方]
・サイコホラーとか、ドロドロした人間の暗部を描く作品がアリの人
チャイコフスキーの音楽が好きな人
・「最後までわからずに終わる」タイプの映画がアリの人
・おおらかな目線でバレエシーンを見てみたい人(←ただし、これだけを
 目的とするのはお勧めしません)

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5月11日より全国ロードショー中