タイタンの戦い

"「また全部おれのせいかよ」by ハデス"


先般、地上波で放映されてましたね。
神話ものはなぜだか妙に好きです、昔から。


しかし、死の神ハデスって、別に人間に仇なす悪のラスボスじゃないんですよ。

かつて、某ディ●ニー映画で目にしたこともあり、それ以前に日本の少年漫画・アニメ
でもやっちゃってますけども、こういう設定。

「地下を統べ死を司る」というポジションが「悪しきもの」のイメージに直結してしまうのは、
別の信仰の影響ですね。

そもそもギリシャ神話の神々は、天の上で世界を統べる絶対正義な存在というよりは、オリンポスの
山の上からちょいちょい人里に降りてきて好きなことやってる風情の方々です。
天使と悪魔の世界とは、少し違う。

むろん、このての映画において娯楽作品としてのアレンジはつきものですが、本質的に割り切れない
はずのものを、わかりやすさ最優先に「よいもの」と「わるもの」に二分する風潮には個人的に
賛同しかねる。仕方ないんでしょうけど。


本作の主人公はギリシア神話においても有名な、ゼウスと人間の息子、半神ペルセウス
神話の彼にはなぜだか「王子様」的なイメージがあるなと思ったら、あれですね。
この映画のクライマックスでもありますが、ペガサスにまたがって生贄の姫君を怪物から
救う場面の印象が強いんですね。

一種ステレオタイプな構図でもありますが、この物語がバリバリ紀元前のものですからね。
グリム童話アーサー王伝説も目じゃありません。むしろこちらが元祖。
この類の物語を「ペルセウス型神話」とカテゴライズして呼ぶこともあるとか。

そんな「元祖・白馬の王子様」なペルセウスですが、本作においてはなかなかの骨太マッチョで
坊主頭。
出生の経緯とかオリンポスの神々との関係性も、あちこち本来の神話とは異なります。

なんだか、産みの父親と育ての父親、そして冒険の過程で彼を導く「父親的存在」の
それぞれの関わり方が印象的でした。父と息子の物語。


以下雑感。

●なんでそこでイオ?ペルセウスと一切接点ないよね?
いっそ完全なオリジナルキャラクターにしたほうが良かったような。

●さ、三途の川・・・

メデューサが魔物になった経緯の話にハァ?と思ったら、どうやらそういう説もあるみたいですね。
 「自分の美貌を鼻にかけた人間の娘が、罰として魔物に変えられた」という話がメジャーですが、
 海神ポセイドンの愛人であったという話もあるそうで。
 いずれにしても一部カサンドラ王女の話と混ざっており、ポセイドンも若干、名誉毀損。  

メデューサのビジュアルがね。。。
もともと諸説あるし、それこそクリーチャーについてはアイデアと技術の見せどころなんでしょうけども。
  定型イメージとはだいぶ違ったかな。

●ペガサス、なんで黒いの。
なんか敵キャラと見分けづらくなるし、これこそ「映画的効果」が不明だったのだけど。

●生贄の姫君を救っておいて、主人公がアンドロメダ姫と結ばれないというまさかの肩すかし。
まあ、本作のペルセウスは神にもならないし王にもならない、身ひとつで生きていくというのが
ポイントだったんでしょうね。
アンドロメダが美人だったし、出番が少ないなりにヒロイン的な存在感は演出されてたのに。
まあ、「自らが女王となって国を守る」という結末のために、国民を想う賢い姫君という人物像を
描いていたわけね。
これも最近のハリウッド映画の特徴ですね。女性が自立してます。

●神々の鎧姿のビジュアルは、ガチで日本のアニメ(聖闘士星矢)が参考にされたとか。
 すごい時代だなあと改めて思う。